新型コロナウイルス検査キットの不足
新型コロナウイルスへの感染確認のために、PCR1検査が用いられています。
PCR検査数が増えない理由として、「キット」が不足しているからという報道がありました。
しかし、キットがないならば、自分で試薬を調製して、実験・検査すればよいのにな、と思ってしまいます。
もっとも、新型コロナウイルス検出は、ウイルス感染者数を把握するために行われていることから、国立感染症研究所が定めた規定に従わなければならず、特定のキット使用が定められているのかもしれません(申し訳ありませんが、取り決めを把握してはおりません。)。
ここでは、特定のキット使用が定められていない場合を想定して、議論を進めます。
科学研究でのキット使用
キット使用には技術や経験がほぼ不要
「キット」は、実験に必要な試薬一式がそろっており、反応時間や手順もプロトコルに記載されているため、プロトコルに従えば、実験・研究を進めることができます。
試薬一式がそろっているため、実験者が試薬を一つひとつ調製する必要も、適切な反応時間を検討する必要もないことから、実験室ではよく用いられています。
実験手順も効率化・簡便化されているため、技術や経験があまりない実験者でも、実験が行えることが大きな利点です。
PCR法開発時にキットはなかった
PCR法が開発された時には、当然ながらキットは存在せず、開発者は、自分で調製した試薬を用いて実験を行っていました。
PCR法が開発された後でも、バイオ・メーカーがキットを販売開始するまでは、自分で手間暇をかけて準備していたのです。
PCR法が普及するにつれ、キット需要が高まり、バイオ・メーカーがより効率で簡便なキットを開発し、研究者もキットを用いることが主流になったのです。
キット使用が主流になり実験原理理解が不要に
確かにキットは便利で、私も研究を進める上でかなり助けられました。
しかし、キット使用の弊害は、実験原理が分からなくても実験が進められることです。
自分で試薬を調製するときは、個別の薬品を把握して混合しますので、薬品の作用を知っていれば、試薬の機能を無意識に考えます。
しかし、キットに含まれるものは、あらかじめ薬品が混合された「試薬A」などであり、薬品名を意識する機会がなくなり、試薬の作用機序を考えなくても、実験を進めることができます。
その結果、意識が高い研究者以外は、原理を考えることも理解することもなしに、実験をするようになってきました。
確かに、キットを使うと短時間できれいな結果が得られ、有益であることは間違いありません。
しかし、キットが手に入らなくなると、実験を進められず、問題が生じます。
カレー調理でのカレールー使用
いいたとえかは分かりませんが、カレー調理の例で考えてみたいと思います。
料理が得意でない人でも、カレールーを買ってくれば美味しいカレーを作ることができます。
しかし、カレールーがなかったならば、自分でスパイスの分量を考えて調合し、調理する必要が出てきます。
スパイスの調合が必要となると、料理ができる人ならばカレーを作れるでしょうが、料理をあまりしたことがない人がカレーを作ることは困難になってしまいます。
一般人ならカレールーなしではカレーが作れないとしても、カレー店のシェフならば、スパイスを調合してカレーを調理することは、身に付けるべきではないでしょうか。
原理を理解するに越したことはない
カレー調理と同じことがPCR検査でも成り立つと思うのです。
全然PCR検査に関係ない分野の人ならともかく、分子生物学の研究をしていたり、臨床検査の仕事をしている人ならば、キットがなしでも検査が行える技術が求められるのではないでしょうか。
もっとも、キットを用いない場合、実験者によって検査結果のブレが生じるため、基準を合わせる必要がある場合には、キットを用いるしかないのかもしれません。
しかし、原理を理解していれば、キットにばかり頼るのではなく、自分で実験を組み立てて進めることができます。
加えて、何かトラブルがあったときにも、起こっている現象が想定して自らトラブルを解決できます。
すべてについては無理ですが、専門として取り組むことについては、原理を理解するに越したことはありません。
原理を理解した技術者を大切に
PCR検査を日々行っている技術者の方々は、失敗してはいけないというストレスを感じながら、時間的プレッシャーとも闘っていると思います。
キット使用の有無にかかわらず、こういう思いであると想像します。
もしも、試薬を調製しながら検査しているとしたら、その苦労は計り知れません。
自分で実験をしていないと、実験は成功して当たり前だとされてしまいますが、自分の力で制御できないことも多々あります。
また、技術は一朝一夕に身に付くものではありません。
経験を積み重ね、優れた技術を持った方々を、もっと大事にしなければならないと心の底から思い、深く感謝しております。
都内国立大学で、微生物や植物細胞を用いた研究を行った後、がん遺伝子やレトロウイルスの研究を行い、博士(医学)を取得しました。会社員生活を経た後、実定法から基礎法まで幅広く学び、法務博士(専門職)を取得しました。
大学院修了後には、戦略系経営コンサルティングファームに入社し、製造業やサービス業の、業務改革や新規事業開発に取り組みました。その後、創薬系バイオベンチャーで、がん治療に関する研究開発・事業開発を行いました。現在は、訴訟関連の法務サービスに従事しています。
- 新型コロナウイルスはRNAウイルスですので、正確には、RT-PCR(Reverse Transcription Polymerase Chain Reaction)ですが、一般報道で用いられているPCRと本稿では記載します。[↩]